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ひさびさー [教育観]

久々の更新になりました。

最近、娘に体力がついてきて、昼間しっかり運動しないと、夜起きだして騒いだり、なかなか寝付かなかったりするようになりました。

「午前に公園行って午後は支援センター行ってー」などと、先輩ママである友人から聞いてはいたものの…。

もともと体力の無い私。娘に付き合って一日過ごすと疲れ果て、夜寝かしつけで一緒に寝てしまい、はっと起きて家事!という毎日。片付けや掃除、トイレ掃除など日中やりづらいことも全て夜。さらに、夕方ぐずると食事の準備をしづらいので、娘が寝た後に翌日の夕食準備もしており、さらに帰宅した夫の食事を出して話をしていると、あっというまに十二時。

一日、のんびりお茶を飲んで休む、なんていう暇はない毎日を過ごしていると、子育ては体力勝負、と実感しますね。気持ちはあっても体がついていかない(笑)

というわけで、ブログも全然更新できていませんでした。

最近は完全に専業主婦に戻っており、家庭教師も案件を見つけられていません。

そんな中、娘と公園に行ったら。
ちょうど、近くの小学校の小学一年生が校外学習で来ていました。
娘がバランスを崩して転びかけた時、「あ、大丈夫?」と声をかけてきてくれた数人のグループ。
人懐っこく、兄弟の話や、「今日は秋を探しに来たの」と、校外学習のテーマも教えてくれて、収穫物もいろいろ見せてくれました。

一年生可愛い!!
そして、みんな同時に喋る!笑

B塾で塾講師をしていた時を思い出しました。
こんな風だったな、小学生のグループ授業。みんなが同時に話すから収集つかない!と思っていました。
けれど、手のひらに握りしめてもってきたおやつをくれたり、「先生と結婚するー」と言ってくれたり。
可愛かった!!あの時の気持ち、思い出しました。

そして自分が親になり、あの頃よりも、低学年の子供たちをより可愛いと思う様になりました。
もともとは、中学生とのやり取りが好きで、また、学習内容も、中学生の方が教えやすいため、私は中学生を受け持つことの方が好きだったのですが、小学生いいな、と。
そして、やっぱり塾講師をしたいな、と。

夕方にコマが入る小学生の授業なら、塾講師できるかもしれない、とも思います。
ただ、効率よく稼げるのは家庭教師ですし、何よりも、大学生に混じって塾バイトが務まるのかどうか。
もはやあまりにも「自分のやり方」が出来あがってしまっているため、大学生バイトに混じってチェーンの塾で、バイトをするのは難しいような気もしています。

どっちがいいのでしょうね。やはりいまは家庭教師をする時期なのかな。迷います。
どちらにせよ、家庭教師はやれそうな案件がないのですが。
というよりは、本当に家庭教師を探すのであれば、年度末まで紹介を断っている会社にもこちらからコンタクトをとって見ればいいのかもしれませんが。





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ディーラーで感じたこと [教育観]

昨年、車を買い換えました。

それまで乗っていた車は私の初の車であり、十年近く、Aディーラーでお世話になっていました。
Aディーラーの担当Oさんとは十年近い付き合いがあったわけですが、その長い間、腹が立ったり、不安を感じたことはありませんでした。
私より数歳年上らしいOさん、私が前車を購入した時にはまだ新入社員に近い位の年次だったのではなかったかと思います。

そして、昨年、私が最後に選んだ車は、Aディーラーでは取り扱いのない車でした。
そのため、Bディーラーに足を運び、そこで担当してくれたのがKさんでした。
入社三年目という彼は、頼りない感じもしたものの、熱心に対応してくれ、その頑張りにエールを送るようなつもりもあって、Bディーラーで車を購入したのでした。
多分、私の今のっている車がAディーラーで販売していれば、Oさんから買ったのですけどね。

購入前は、質問したことが分からないとその日じゅうに調べて家までやってくるなど、熱心に対応してくれたはずのKさんは、購入が決まると、対応がおろそかになってきました。
小さなミスや不手際が続き、そのたびに、「言い訳」をするのです。
言い逃れ、とでもいうのでしょうか。

それは、どこかでばれてしまう嘘です。
小さなウソをつくと、それを上塗りしなければならず、そこでぼろを出してしまうと、嘘をついたことがばれてしまうわけです。

そんな繰り返しで、私は彼に少々愛想が尽きていました。
ディーラーそのものの対応も、Aディーラーの時に感じた丁寧さが一切ないのです。

そんな中、夫の車が当て逃げされ、出張中の夫に代わり、久々に、夫の車を持ってAディーラーに向かいました。夫は、お世話になっていたディーラーが引っ越しにより遠方になったために、点検等ではAディーラーにお世話になっています。

久々にやってきた担当Oさんは、相変わらず頼れて、Kさんとの違いは歴然。
Bディーラーで頼んでいた私の車の定期点検を、Aディーラーに変更したかったのですが、確かメンテナンスパックに入っており、途中解約はできないはずでした。念の為調べようとファイルを開いたのですが、メンテナンスパック控えがありません。Bディーラーに電話したところ、Kさんいわく、控えの入れ忘れだとかで。

そして待つこと数日。まだ送られてこない控え。
業を煮やして電話をすると、再びの言い訳。
そして「すいません」

宿題をせずに、言い逃れや言い訳する生徒は嫌いな私。
ミスや、忘れることは誰にでもあります。
その時はまずは素直に謝ること。そして、その後の対応を考えること。
重要なのは「失敗した後」
勉強でも同じこと。
つくづく思いました。

そして自分自身にも自戒を込めて…。
できないこと、わからないこと、ミスをすること、それは問題じゃない。
そのあとどうするか、こそが重要なのだと。

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夏期講習の季節 [教育観]

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140701-00050051-yom-soci

塾の費用の透明化を、ということで、yahooニュースに挙がっていました。

この時期になると、毎回思います。
B塾で受けた、夏期講習の集客講座のような、本部での講習会を。
サインだけすればよいように、面倒くさい部分は記入済みの夏期講習申込書。
更に、あらかじめセットされた様々なコースを用意してあるのですが、それが非常に高額。
高いコースで40万ほど。
で、そのコースを担当するのは、バイト講師。
社会のテキストの答え合わせを任せたら「これ何て読むんですか?」
「たいりくだな です。(というよりほかになんと読む!?)」

英語の授業をやらせたら、
テキストの解答を見ながら「これは、to不定詞だから」
to不定詞ってなんですか?

そんな講師に払う40万!?

でも…。保護者は知るわけないですよね。
こんな講師が担当するなんて。
さらに、何も言わない塾長の下、やる気のない生徒達は来ても寝ているだけ。

そんな状況知らないですよね、保護者は。

嫌でした。
すごく嫌でした。
当時、多少なりとも塾の中で力のあった私は
自分が担当する生徒が、そうした講師の担当にならないように、裏工作?したことを覚えています。

せめて、一度やった問題の復習をさせよう、と提案するも、
それが浸透せず、結局無意味だったことも。

あれから、何回もの夏が過ぎました。
保護者の負担にならない程度の金額で、かつ、必ず意味のある夏にすること。
それだけを心がけて、あれからいくつもの夏を越えてきました。

夏期指導のスケジュール調整をするとき、いつもいつも、あのB塾で目にした
何枚もの夏期講習申込書を思い出していました。
数万は当然、十万単位での申込書を何枚も目にしました。それを破棄したいくらい、悔しかった…。

当時の中3、Y君は、当初、夏期講習は受けないと言っていました。
家計が苦しいから、無理、と。高いから、と。
しかし、一学期の成績がぐんと伸びたのを見た、お父さんが、自分がお金を出すから
夏期講習に行かせてやれ、と、十万出したそうです。
最初に見た、彼の授業スケジュールには、いわゆる、出来ない講師の担当授業がいくつもありました。
彼の成績が伸びたのは、それらの講師のおかげではありません。絶対に。

彼のエピソードを聞いていた当時の私はどうしても、彼に出来ない講師の授業を受けさせるのが嫌でした。
偶然や彼の希望もあり、担当の多くが私になったのですが。

きっと、彼だけじゃない。
保護者が苦労して出す夏期講習費用、それは、想いのこもったもののはずです。

今年もまたどこかの塾で、くだらない夏期講習のために、大金を払う保護者がいるとしたら…。
見極めてほしい。
本当にその費用を賭けるだけの価値がある授業なのかを。
本当にその費用をかけなければ、成績が上がらないのかを。
本当にそこまでして行かせるべき夏期講習なのかを。

最後にまたまた挙げておきます。
以前の記事です。夏期講習の選び方。
http://beautiful-days.blog.so-net.ne.jp/2007-06-13


bk
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乳幼児期からの英語教育? [教育観]

子どもを産んで思ったこと。

乳幼児期からの教育産業のすごさ、上手さ。
というよりも、妊娠中からですね。

某女性会員制サイトがあります。
産婦人科や小児科の口コミもあり、会員同士での掲示板やメッセージのやり取りもできて
私も活用しています。

さて、このサイト、管理しているのは、誰でも知っているある教育関連の会社。
通信教育で有名な会社です。
この会社からは、妊娠中に、「よりよい妊娠生活を送ろう」といったコンセプトの 妊婦向け通信教育?の
DMが送られてきます。
漫画になっていて読みやすいです(笑)つい、やってみようかな、と思います(笑)

やりませんでしたが(笑)

さて。出産すると、今度は、赤ちゃん向けの通信教材のDMが送られてきます。
これまた、魅力的な…。
はい、申し込みました(笑)周りで申し込んでいる友人も多いのですが、
月齢に合ったおもちゃが送られてくるし、情報誌もあり、月々ちょっとした金額ですし
今のところ満足しています。
そしてこれが、後々、小学生や中学生の通信教育で有名な教材につながっていくのですね(笑)
上手いことやっているなあと、感心します。

さて、それはさておき。

こうした通信教材なり、例えば通販なり、雑誌なりを買うと、
英語の通信教育教材のDMのすごいこと!!
先日、あるイベントに行った時も盛んに宣伝していました!
無料サンプルプレゼント、と。

とにかく、どこへ行っても何を見ても英語英語英語!!!

まさかこんなに、英語英語英語!!だとは思いませんでしたが
そりゃ、英会話教室が流行るはずですね。
こどもが産まれた時からこうした情報の渦の中に放り込まれるのですから。

友人たちの様子を見ていても、英語教育には興味のある様子がうかがえます。
少し年上の子のいる友人等は、英会話教室のようなところに通わせたり、
インターナショナルスクールのプレスクールに通わせたり、と。
まあ、英語熱の高いこと!!

たいがい、その理由は「これからは英語が必須だし、母親である私は英語が得意ではなかったから」子どもにはできるようになってほしい、というものでしょうね。
小学校から英語が始まっており、更に、それが三年生(でしたっけ?)から必修になるというのも
要因かもしれません。

そうしたニーズに便乗してか、某有名キャラクターを利用した英語通信教材はとても高いらしいとか。

たとえばゼロ歳なり、一歳なり、二歳なり、ともかく低年齢の時から英語に触れさせると
英語が得意な子になるんでしょうかね?

私が見てきた限り、英会話教室に通っていたから英語が得意、という子はいないのですが。

そもそも基本的に私は、こうした英語教育に興味が全くありません。

それよりも私は、絵本にたくさん触れさせてあげたい、親子で絵本を楽しみたい、と思っています。
まずは母国語から、という考えです。

小学校で、英語の時間を増やす前に、国語の時間を増やさんかい!と思っています。
生徒達の語彙の少なさ、文章力のなさ。呆れてしまうほどです。
文章が理解できないから、算数も数学も理科も社会もできないのです。
国語の主語と述語も分からない子に英語の主語動詞を理解させるなんて無理なのです。

塾講師、家庭教師をしながら、

何故国語の前に英語なの????

保護者はなぜそんなに、英語英語英語なの?

と思ってきましたが。

ああ、原因はこんなところからあるのかもしれない、と思ったゼロ歳児の母です。
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マンツーマン [教育観]

お裁縫が大変苦手です。

一番苦手なのはミシン。
小学校の頃、隣の席の子が、ミシンを使用中に、針を手に刺したところを見て以来、
ミシン恐怖症です(笑)
あれは恐怖でした。
あの時の担任の先生は、冷静でしたが、自分だったら相当焦りそうなシーンでした。


中学時代、技術家庭科の成績はほとんど5でしたが、これは、ペーパーテストとお裁縫以外の部分での実力で、お裁縫はこっそり、持ち帰り、和裁洋裁共に得意だった祖母の家に持っていっていました(笑)

性格的にも、元来不器用なこと、もうひとつは、細かいことが嫌い、という母に言わせると「丁寧さに欠ける性格」のためか、小学校で家庭科が始まったころから、針と糸を持って細かい縫い目を…という作業が苛々して苦手でした。

そしてお裁縫から逃げ続けた結果、恥ずかしながら、この年になっても、玉止めすらまともにできない。
昔から、学校で教えられたようにやっても、変なわっかが出来たり、糸の上の方で玉止めされてしまったり。

というわけで、いつのまにか自己流で玉止めしていました。
といっても、お裁縫をすること自体、本当に最低限のことのみ。
基本的には一切しないし、出来ません。

昨日、着ていたスカートのすそがほつれたので、実家のリビングですそを直していました。

偶然、母が横にいて、「何そのやり方!」と(笑)

「あなた、玉止めの仕方も知らないの?小学校で習わなかった?」
「習ったけど、上手く出来ないから…」

「ちょっと、やってみなさい。なんでうまくできないのよ、そんな小学生でもできることが」

嫌味を言われつつ。
見せてみると、母には、ダメな点が完全にわかったようでした。

「この時にこうして、ここの糸がもつれたままやるから、ぐちゃぐちゃになるの。ひと手間を惜しまずに、
そこできちんと糸を伸ばしなさい」

「あなた、そこで糸をななめにひっかけてる。そうじゃなくて、こうして、下の方できちんとおさえて、
一回一回おさえてまとめて。」

母にキーキー言われながら、やってみると。

おお!成功!できたことのない綺麗な玉止めが!!

一人で三回くらい繰り返し、完全にコツをつかみました。

そして思いました。

母なので、キーキー言われますが(笑)
これが、マンツーマンの良さだなと。

一人ひとりの癖を見抜いて、改善していける、ということ。

学校の授業ではできるようにならなかったことが、
母との10分ほどの時間でできるようになったのは、自分では気付けなかった点を見抜いて
指導してくれたから。

家庭教師の良さも、元来、こういうところにあるのでしょう。
一人ひとりの状態を見抜いて、改善していけるという点。
それには、相手の状態を的確に見抜く能力も必要。

改めて、「教える」ということについて、気付かされた出来事でした。
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心の豊かさ [教育観]

近くに、ある私立小学校があります。
出来たての学校で、興味はあったのですが、保護者の方のお話を聞く機会がありました。

そして、ぞっとしました。

こんな小学校には、自分に子どもが出来ても絶対に通わせたくない、と。

特定を防ぐために、ぼかしますが、
一年生であっても、毎日、夕方遅くまでの授業、夏休みもほとんどなく、12歳での受験のための学校です。

我が塾の塾長いわく「あそこは刑務所だ。朝早くにバスで届けられて、夕方遅くに、覇気のない顔して、整列させられてバスに乗り込んでいくわ」

少人数でのクラスでは、先生の目が行き届き、少しでも姿勢を崩そうものなら注意が飛ぶ環境なのだとか。
「上を上を、と、目指す保護者と先生ばかりで、モチベーションを高く保ち続けられる学校」なのだとか。

ある保護者のお父様いわく、ライバル校?のミッション系私立小学校と比べて
「神に祈っている暇があったら、文章題の一問でも解いていた方がよっぽどいい。」のだそうで。

この台詞が、私にとっては、「空恐ろしい」と思う極めつけの言葉でした。

私自身、ミッションスクールの出身ですが、特に、信仰を持っているわけではありません。
ただ、聖書の教えに触れ、礼拝をし、讃美歌を歌った時間は、いわば「情操教育」の時間でもあり
心を育てる時間だったと思っています。

文章題を解けるようにすることよりも、大切な「心を育てる」ということ。
なんだか、大切な視点が抜けてしまっているように思われてなりません。

この地区での最難関女子校と男子校を目指して、幼い子供たちに
「良い教育」「レベルの高い教育」を望み、実践する保護者達。
私が話を聞いた保護者は医者の奥様ですが、
彼女の娘も、「たくさんの習い事をさせ、たくさんのことが出来る」子ども。
いわゆる、そうしたハイグレードな環境の
選ばれた子どもたち。
選ばれた環境の中で、医学部進学者が多いことで有名な最難関中学を目指し、その先にある最終目標は、医学部か。
地元国立大学医学部の父母会は、この最難関中学の親で占められているとか聞きますが。

けれど、最難関中学進学が人生のゴールであるはずもありません。
自由を奪われ、追い立てられる生活。息がつまりそうに思えます。

私自身が、育った私立も、医師や会社経営者等の家庭の多い環境だったと思いますが、
大学付属でもあり、ほとんどがエスカレーターで進学できる、
当時は、のんびりしたお嬢さん学校だったと思います。
そもそも私が進学したのは、高校からでしたしね。

東京ではありませんし、私自身は小学校受験がよいものとは思いません。
同じような「ハイクオリティな」環境の同じような子どもたちで集まるのではなく、色々な環境の中で揉まれる経験もせめて小学校くらいまでは必要なのではないでしょうか。
様々な環境へ適応する能力、つまり、「生きていく力」も養われるでしょうし、色々な家庭があり、色々な価値観があり、様々な人がいる、ということを、この時期に知らずしていつ知るのでしょう。


この学校の子どもたちは、
学校帰りに、通学路をわいわい遊び歩いて帰ったりする経験も持てないのですよね。
夏休み、友達同士で駆けずり回って遊んだり、100円握って駄菓子屋で(今はコンビニかな)お菓子を買ったり、
友達と公園に行く途中、水筒にコーラを入れて、コーラが飛び出したり、なんて経験もないのでしょう。
30を過ぎた今でも、幼馴染と「水筒にコーラ入れて爆発したよね!!」と笑える思い出なのですが
そんな友達との貴重な思い出も作れないのでしょう。
親が嫌がる様な、色鮮やかな合成着色料たっぷりのお菓子の味も、親と離れて近所の友人たちと遊び始めた小学校時代に覚えたものです。
どれもこれも、その時代でしか作れない大切な思い出です。

そして何よりも、「地元の友達」は、高校時代、つまずいた私にとっては、かけがえのない存在で
逃げ場でした。
いじめの問題がクローズアップされていますが、学校以外にも「世界」を持てることは重要なのです。

通常より早い時期に、英語の文章が書けたり、単語が書けたり、算数が出来たり、なんて
そんなこと、今やらなくてはいけないのですか?
夏休みまで削って勉強させないといけないのですか?
今しか作れない、きらきらした思い出や友情を削ってまで?

また、小学校中学年になって、
授業中のお手紙交換を覚えて、先生の目を盗んでこっそりドキドキしながらお手紙を回したり、等という経験も、この学校では出来ないのでしょう。
中学の時は、「お手紙交換」をおおっぴらにやり過ぎて、
担任に「全部見えてるぞ!いい加減にしろ!」と怒鳴られたことも懐かしい思い出。


遊びから学ぶことはたくさんあります。
コミュニケーション能力だったり、体力の養成だったり、夢中になることで養われる集中力や、
理科の知識。
つつじが合弁花、なんて、中学で習って覚えることじゃありません。
蜜を吸うために、花を解体していたら、言葉だけ知れば、経験とリンクすることなのです。

きらきらした子ども時代を奪ってまでさせたい「お金をかけた高度な教育」
そんなに必要ですかね。
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酷すぎる [教育観]

大津の自殺事件、吐き気がします。
毎朝、新聞を読む度に、ネットのニュースを見る度にぞっとします。
胸が詰まる思いです…。

教員が見て見ぬふり?
自殺した後も、加害生徒が自殺生徒を嘲笑?
加害側の生徒の親族が県警OBで、被害届も受理されなかったとか、何かで読みました。
いじめはあったが、自殺との因果関係は不明、ってどういうこと?何それ。

学校では、先生が生徒を守るんじゃないの?
教員は、教育者であるべきでしょう?

教育者でなくとも、人間として、そんなにひどいいじめを見て見ぬふりを出来る神経も疑います。
見て見ぬふりをした教員全員、教壇に立つ資格ない、辞めてほしいと思います。

子どもにとって、先生がどれほど大きい存在か…。

高校の時、最初の若い担任が、一部生徒と一緒になってはしゃいでいた光景を
今でも思い出します。


このブログでも何度か書いていますが、
私は、いじめの加害者にも、被害者にもなった経験があります。

でも、どちらの場合も、先生方は一生懸命、問題と向き合っていらっしゃった。

特に、自分がいじめで苦しんだ時、担任の先生のみならず、見ず知らずの先生まで
何かと声をかけ、心を配ってくださったことを思い出します。

色々あって、廊下を一人で歩いていた時、声をかけてくださった、見知らぬ先生。
最後まで見守ってくださって、あれは、高2だったか高3だったか、選択の授業で
偶然、担当になられた時も、テストを返しながら、「元気になられたわね。頑張っているわね」と
声をかけてくださいました。

後に、彼女は、癌で亡くなられますが「いじめや思春期の問題に対応できるようにしたい」と
病床でも心理学を学んでいらっしゃたと伝え聞きました。

そして何よりも、高校三年間の担任を、してくださったI先生を、私は尊敬しています。
授業はなんだか適当で、テストもなんだか適当だったけれど、
I先生でなければ、私は、あの学校を卒業していなかったでしょう。

これは、同じ高校の友人の話ですが、私たちが高校を卒業した後のこと。
あるクラスの卒業生は、付属の大学ではなく、他大学へ進学し、そこでいじめにあったそうです。
彼女は、高校の元担任に助けを求め、元担任は、付属大学の再受験をすすめたとのこと。
私が、素晴らしいと思ったのはこの後の話。

その元担任は、他大学へ進学した他の元担任生徒たちに電話をして、大学生活について
尋ねた、といいます。
友人のところにも、その電話があったそうです。

私の高校時代の担任や、声をかけてくださった先生、卒業生に電話をされていた先生は、教育者であったと心から思います。

教え方なんて多少下手でも構わない(塾や家庭教師もあるし!笑)
子供たちが一日の大半を過ごす学校の先生は、教育者であってほしいと心から思います。

亡くなられた生徒さんのご冥福を祈るとともに、
もし、今、いじめで苦しんでいる人がいたら言いたい。
そんな学校なら行かなくていい、と。
命を守ってくれないような場所に行く必要ない。
学校なんて行かなくたって、死ぬわけじゃない。

でももちろん、学校がそんな場所じゃなくなれば、ベストなんですけどね。






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ルールの決め方について思うこと [教育観]

SNSで、友人の友人?の書き込みを見ていてふと思ったことがありました。

友人は、2人の子どもの母親で、今回初めて、ゲームを与え、
そのゲームの時間制限ルールを作った、という、ある意味当然な内容だったわけですが。

それに対する書き込みで、ふと気になったものがありました。

「うちはテレビを観る時間も守れないから、ゲームはまだダメだなー。友達の家では、
勉強時間に応じて、ゲームをする時間も決めているらしいよー」

勉強時間に応じて、ゲームをする時間も決めている。

一見、「なるほど!」と思ったのですが、そのあとに、
方法次第では「ダメなルール」だなと思いました。

「勉強時間に応じて」ということは
例えば、「30分勉強したら30分ゲームをしていいよ」ということかもしれません。
もし、そのルールが、それだけのものであったとしたら、これはダメなルールだと個人的には思います。

要するに子どもは30分机に向かえばいいわけです。
ゆっくり漢字を書いていても、出来る計算を繰り返していてもいいわけです。
それは「質の伴わない30分」かもしれません。

1時間ゲームをしたい一心で、1時間「机に向かう」かもしれません。

けれども、その実態は無意味かもしれないと思います。

もし、そのルールが「漢字ドリル3ページ完璧に覚えて、お母さんのテストで満点を取れたら30分ゲームをしていいいよ」ならば意味のあるルールだと思います。

私が小学校四年生の時に、「自由勉強」というシステムがありました。
なんでもいいから、勉強をしたノートを担任の先生に提出する、というシステムです。
私は、元々得意な漢字ばかりやっていた記憶があります。

担任の先生の意図としては、「自発的な学習」を促したい、というようなものだったかもしれません。
しかし、結局、それは「意味のない宿題」だったのではないか、と思うのです。

勉強は「時間(量)」ではなく「質」で判断する、そういうルールやシステムを作っていかないと
意味がない、と思います。

そして、小学校のうちから、勉強を質で判断する習慣をつけていかないと、
中学に入ってから「勉強はしている(=机には向かっている)のに成績が上がらないんです」という
状態になるのだと思います。

ちょっとしたSNSの書き込みから感じた思いでした。




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つかずはなれず [教育観]

音楽教室の講師をしている友人とランチをしていた時のこと。

いつもの教育ネタから彼女が言った一言。
「結局、つかずはなれず、で、やってきたクラスが一番出来がいいんだよね~」

「新人の頃に担当して、教えすぎちゃったクラスは今でも依存心が強いし…かといって放置したら
出来るようになるはずもないし」

「最初はさー、家でのレッスンの仕方とかもつきっきりで教えるけど、今は、もうわかってるでしょ?って突き放す感じ」

わかるわかるわかるっ!!

と盛り上がりつつ。

でも、それって実はすごく難しいんだよなあ、と思うのです。

愛情が入れば入るだけ、手をかけたくなるものですから、
例えば、自分の子が出来た時に、これまでの経験から
「つかずはなれずがベスト」とわかっていても、それをできるかどうか…少々自信がありません。

B塾で講師をしていた時に、トラブルを繰り返したAくんとの関係がまさしく
「つかずはなれずがベスト」と理解しつつも、それを実行できなかった例だと感じています。

中1当初、授業放棄状態だった彼らとの信頼関係を結べるようになった頃、
提出していたかも怪しかった学校のワークをやらせるために
「やったら○付けしてあげるから」と声掛けしたのがきっかけでした。
○付けしてあげて、「ここ、できるようになってるじゃん」等と褒めていくことで、彼のやる気を出していきました。
私が授業で解説している暇のない時などは、学校のワークには付箋で、その他のプリントには解説を書きこむ形で手助けしていました。

「ちゃんと見ているよ」というメッセージを送り続けることで、やる気を引き出せていたのだと思います。

中2になる頃には授業ボイコットが続きました。
その時もやはり、ロビーでやったワークを投げてよこすので、それを○付けして、解説を書きこんでは返却していました。

そのあたりから、自分のしていることに、疑問を感じ始めていましたが、
彼からしても私からしても、私が○付けするのが当たり前になっており、悪い意味で、
それをやめるチャンスを逃し続けていました。

授業には出ない、私の顔を見かければ暴言を吐く。

そんなある日、私は試験前の自習監督をしていました。
自分で○付けまでする生徒もいれば、お願いします、と持ってくる生徒、解説のみ依頼してくる生徒など様々で、臨機応変に対応していました。

その教室の中に、A君はいませんでした。
彼は私を避け、他教室の講師の元で自習していました。
しかし、突然、ドアが開き、彼が入ってくるなり、私の机の上に、学校のワークを放り出しました。

「○付けしろ」ということです。
彼のいる部屋の自習監督はN先生で、○付けは自分でさせる主義。
○付けが面倒くさい彼は私なら黙ってやってくれるだろう、と都合良く丸投げしに来たわけです。

咄嗟にカチンときた私は大人げない怒りの言葉とともにワークを突き返しました。
それっきり、その日一日、互いに、口もききませんでした。

今思えば、そんな風になる前に。
一定の期間を過ぎた後は、
「もう、英語よくできるようになってきているから、自分で○付けもできるでしょ。一度自分で○付けして
わからないところを質問においで」と言えば良かったのです。

段階的に手を離していく「自転車の補助輪外し」をモットーにしているのは、この経験から来ています。

しかし、今年のHちゃんは中々、走り出してくれないので、中々手を離せずにいます。
卒業までに一人で走り出してくれるでしょうか?

Hちゃんの、休みなく続いた部活も来週末でついに引退です。
これで少しは勉強に専念できると良いのですが。

全く関係ありませんが。
Hちゃんは、中学校生活が本当に楽しそうです。
部活でもクラスでも友人に恵まれ、クラス内でも目立つ位置にいるのでしょう。
体育祭、文化祭、と続く行事でも様々な役割を持って日々楽しそうに過ごしています。


学校に居場所がない、学校が辛い…そんな生徒達も数多くいるのですから
そんな風に学校生活を送れるのはなんて幸せなことだろう、と思います。


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街にて [教育観]

友人と、高級ブランド店の入る商業ビルの中の高級カフェでお茶をしようと並んだ時のこと。

その場に馴染まない制服姿の中学生達を見かけました。

「なんだろうね?」

彼らの手にしているファイルを見て気付きました。

「あ、職場体験だわ」

5~6人ほどの中学生に何かを説明している店員さん。
傍らに、中学校の先生と思われる男性。

その後、中学校の先生はその場を離れ、中学生達は、カフェ内に通されて、お茶とケーキを出され、更に帰り際には手土産らしきものを渡されていました。

一緒にいた友人は
「手土産まで貰ってるよ!いいなあ、恵まれすぎっ!社会はそんな甘くないって(笑)」

このお店、お茶とケーキのセットで1000円以上しますから
それを無料で頂いて、更に、それなりに高価でかつ人気もあるこのお店の代表のお菓子を頂いたのだろうと推測すると確かに恵まれています!

帰り際の様子を見ていてふと思いました。
店員さんが、何事かを告げて、手土産を渡しました。
リーダーらしき男子生徒がお礼を言ったようなのですが
残りの生徒は、軽く頭を下げただけ…。

挨拶が出来ない中学生が多いな、という印象は
塾講師、家庭教師をする中で感じていたのですが、
やはり、ここでも、きちんと挨拶を出来ていないことに大きな違和感を覚えました。

中学2年生にもなって、職場体験、という、何よりも社会に近い場で、
きちんとした挨拶が出来ない、というのは問題だと思います。

家庭教師をしていると特に感じます。
挨拶の出来ない生徒が多いなと。

これまでに家庭教師を始めて
15名ほどの生徒を担当したことになりますが
きちんと挨拶してくれるな、という記憶があるのは
Sちゃん、Mちゃん、DちゃんとAちゃんの姉妹
途中契約解除になりましたがIちゃんHくん姉弟。
今年度のHちゃん、と約半数。

次いで、「ありがとうございました」と言ってくださるお母様の横で
頭を下げるだけ、の生徒が数名。

お母様の横に立っているだけで一切挨拶をしないFくんSくん兄弟のような生徒もいました。

書いていて気付きましたが、
やはり、挨拶ができる生徒は兄弟姉妹で出来ますし
出来ない子は兄弟揃って出来ないものですね~。

これは、学校で教えるべきことではなく、家庭の躾の問題だと思います。

挨拶などは私も注意をするべきなのかもしれませんが
塾と違って、お母様が挨拶をされている場で、注意を促すのは抵抗があり、出来ずにいます…。

成績を上げる以前に、勉強に向かうための土台のようなものが出来ていない生徒が多すぎます。
挨拶もそうですし、家庭教師で使う勉強道具はあらかじめすぐに出せるように準備しておく、だとか
提出物は期日までに出さなければいけない、だとか、答は写してはいけない、だとか…。

目の前のわからない問題を教えて成績が上がる生徒はごく一部。
ほとんどの生徒が、まずは「当たり前のことを当たり前にやれるようにする」「自らをコントロールする」
そういったことができていないから、勉強もできない、という状況なのですよね…。

よくご家庭の方が「勉強の仕方がわからないみたいで」とおっしゃるのですが
多分そうではなく、「自らを律することができない」のだと思います。



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